| k中国のトイレ |
中国のトイレは床に穴が開いているか長い溝のある所が多い、一応水洗式のところもあって水の流れにのって前に座っている人たちのう○こがひゅーと股の間をすり抜けていく。また、あるホテルのトイレは窓が大きく開放的でいいのだが、向かいのビルから丸見えというところもあった。
田舎のトイレなんかは溝が掘ってあってその上に木の板が足の置き場として置かれている、たまに腐っていたりするとそのまま下に落ちてしまう、実際にバスで移動中トイレ休憩で隣の女トイレの方で大きな音がして誰かが落ちたのを聞いた事がある。初めは恥ずかしいのだけどみんなでお尻を丸出しで用をたしていると、だんだん慣れてきて、隣の人と話したりできるようになるから不思議だ。
もう一つある面白い点というと、小額のお金を払うということ、デパートに行っても、おばさんが入り口なんかで座ってお金を回収している。日本や韓国もオリンピック後にその制度が無くなったから、もしかしたら北京オリンピックを境に廃止になるかもしれないな。 |
| k中国のディスコ |
ベトナムから中国に入って思ったのは、ハンサムや美人がいないということ、大抵どこの国でも道を歩けば必ずそういう人たちを見かけるのだが、中国にはいなかった。でも国土が広いので場所を変わると急に美人が増えたりする。
中国では大衆の娯楽もあんまり無いんだろうなと思っていると、昆明でディスコに行く事ができた、中国とベトナムの国境で会い一緒に行動するようになった日本人は昆明に留学していて、遊びまくっていた人だった。昆明には昆都という日本でいう渋谷のような若者の集まる場所があり、ディスコが軒を並べている、なんだか中国のイメージとはかけ離れた世界だった、客引きの女の子達はきわどい服を着て、お客を呼び込んでいる。そこにその人の恋人が働いているという、別な店に行った後そのディスコの前を通ると、留学していた時によく遊んでいた日本人の若者と再会し、元カノが働いているディスコに入った。中は大きな音で銃低音が鳴り響きダンサーが踊っている。中国人たちも踊っているのだが、ダサいのだ・・ しかし、そこに集まっている人たちを見ると男はそうでもないが、女性はかなりの美人やかわいい人が多ことに気がついた、こういう場所に隠れていたのかと勝手に納得しながら、日本人達とDJ、元彼女達とウイスキーをがんがん飲みまくったのでした。こういう場所はお酒もまーまーの値段がするからお金持ちしか来れないみたいだった。 |
| k食の国中国 |
中国に入るとご飯がおいしくて、安く量が多い事に驚いた、メニューも豊富で麺類も豊富で餃子や包子などもある。自分で新鮮な食材を選んで調理方法まで指定する事もできる。ビールも安いし本当食べる事に関しては大満足だ。麺類を頼むと面を打つところから始める、コシがあって本当においしい。必ず太ってしまう。
 
この面ももちろんその場で打ってくれた。値段は40円くらい
種類もたくさんある |
| kやっぱり導かれてる? |
雲南省の昆明のあと大理に行き次に麗江と定番の観光地を楽しんでいた。ただこのあと中国ビザが2週間しかないので、とりあえず麗江で1ヶ月のビザを取得し少しの間の時間を稼いだあとにこのあとの予定について考えていた。中国は広いから長期のビザが必要で、ベトナムで中国のビザは中国に入国してから取れると言われていたがそれはこの1ヶ月のみでこれでは回りきれない。でも急いでラサまで行けばぎりぎりでネパールへ抜けられるのではないか・・そんな事を考えていたが、もう一つのプランとして香港に行き長期のビザを取得後じっくり中国を観光する。ただこの2つ目には大きな障害がありそれは言葉だった、英語がまったく通じないこの国の人とうまくコミュニケーションを取るのが難しく、かつ一般の中国人たちの事がうまくつかめていなくて少し苦戦していた。ただ運がいい事にここまで中国語の話せる日本人達に会ったりして話せないくせに何とか面白い経験が出来ていた。その人と別れて、大理、麗江と英語が通じる環境にいたが、この後は自力で何とかしなくてはいけない。よく考えてみると中国に入るまでは現地の人間達と現地の言葉なんかを話して覚えてたが、中国に入っていきなり昆明のような都市に来て僕流の現地人に言葉を教えてもらう覚え方が難しくて、なかなか学習が進んでなかったと思うし、他の国と比べた時の中国人のせわしなさが駄目だったのかもしれない。
大理と麗江は雲南省を代表する観光地だ、昔ここには大理国というのがあったが元の襲来で滅亡した。観光地であるがとても落ち着いたのんびりするにはいいところだ。麗江で宿泊した宿で夕食を宿泊客達と一緒に食べるというシステムがあって僕はそれを利用していた。その時僕ともう一人日本人、韓国人の男女のペアの4人がいつも一緒に食べるように振り分けられていた。韓国人の男の方はユンフンという大学生で徴兵の前に最後の息抜きに旅に出たらしい、女の方はミンス―といい中国に留学していて休みの間中国を旅して回っているという2人。僕等4人は何日か夕食を食べていると仲良くなり酒盛りをするようになった、韓国人はゲームが大好きで酒のイッキ飲みのゲームを始めたりするが、バカじゃないかと思うくらい酒を買ってきてするもんだから、いっしょにいた日本人の男性は吐きながらゲームをしていた。
そうやって何日かいるうちに韓国人2人は虎跳峡に行くのだが行くかと誘ってくれるようになりはじめ結局彼等と行動をすることになった。韓国人たちは本当に変な奴が多かったけどこの2人も例外ではなく変だった、ミンス―は自分で山などの自然が綺麗なところが好きと言いながら高所恐怖症で山からの風景を楽しめてない・・・・意味があるのか?ユンフンの方もニワトリを見ると気が狂ったようにおびえだす。楽しいがわけが分からない変な奴等だ。
彼等といる事のメリットはミンス―の中国語だった、値段交渉からいろんな穴場情報までいろいろとその威力を実体験していた。韓国人は日本人のように値段交渉なんかで妥協をほとんどしないのでビックリするくらい安くなったりした。
このあとトレッキングした後シャングリラに行き、ユンフンは香港に戻り北京の方に行くと言う。ミンス―は徳欽と言うところに行き梅里雪山という山を見に行くという。その時四川チベットを抜けるルートを考えていなかったので、もしこのチャンスを逃すと一人では来ないだろう、徳欽からなら大理までの寝台バスがあるので急いでユンフンを追いかければ一緒に香港に行けると考えミンス―と一緒に行きその後ユンフンを追いかける計画にした。
ミンス―は旅を1人でするのが好きらしくユンフンは自分からミンス―についてきたと言っていた、彼女の今後の旅の計画を聞いてビックリした、本来は徳欽から陸路でラサを目指す予定だったが、車が捕まらず四川チベットエリアを抜けラサに入りもしかすると西チベットに行くというルートに変更したと言う。僕がムリだとと考えていたルートだった。
一緒に連れて行ってくれたらいいのにと思ったが、僕はビザの日にちが足りないのでどちらにしても香港に行かなければならない、彼女は学生なのでビザではなくて居留証があるので時間の心配は無い。ムリだ。。それが僕の考えだった。
僕が香港に向かうためミンス―と最後の話をしていた時にミンス―がつたない英語で私と一緒に来るか?と聞いてきたのだ。願ってもいない申し出だが、僕は香港に行かなければビザの時間が無いので無理だと言うと、それなら待っていてあげるから戻って来いというでは無いか、この時だった直勘だけどまた誰かが導いている!と思った。この段階まで僕が困ると思っていたはずの中国語で困ってもなかったし、何もしていないのに道が開けるのだ・・・不思議な事は続くのだ。
なんで僕を選んだの?今までパートナーを持たない主義だったんでしょ?と聞くとまたであるがミンスーの口からこの言葉が出た「君は何か変わってる、それが何なのかは分からないけど君の行動を見てみたい。」と言われた、これだけを聞くとストーカーかと思うが、この言葉は散々聞いたけどこの言葉が出たときはなんだか導かれていたときだから素直に従うべきだと思いミンス―の誘いにのることにした。
こうしてお互いの利害が一致した、僕はチベットを抜ける時のボディーガード、ミンス―は僕の通訳とナビゲーターとなった、契約成立である。
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| k旅をはじめたらモテモテ? |
僕はこの旅に出てから女の人によくパートナーとして選ばれたり、現地の女の子からも気に入ってもらえたりして人生でこんなに女性の方から声をかけられた事が無いと言うくらい声をかけられる。ただこの理由がカッコイイからという理由ならとうとう春がきたかと思うのだが、大抵の理由はなんだか変わっていてやさしそうという理由だ。要は危険そうじゃないというのが大きな理由らしいが。だからカンボジアやベトナムでも日本人の男の集りの中で俺だけになんだか警戒なく接してくれたりするもんだから、日本人達からプレーボーイだとか言われてからかわれていた。
僕が女の中で育ったからか?なんだかモテモテなのではあるが、なんとなく実家にいる去勢された2匹の猫と同じ気持ちがするのは気のせいだろうか?もしかして僕も気がつかない間に去勢されているのか?
まあ去勢をされているのかもしれないけど、結果として女性が心を許してくれると、周りにいる男達や子供達も心を許してくれるから、壁がなくなりとても接しやすくていいのだけど。
ただ気になるのがもし子供みたいだからと言う理由で心を開いてくれているとしたら、純粋なハゲ一族の僕に若ハゲが始まったら気持ち悪くて、今とは逆に人がよりつかなくなるのではないのか?大変だマッサージをしないといけない、熱心に。 |
| k地獄の香港5日と吉野家 |
チベット行きが決定してからビザを取るために、僕は昆明に戻り、そこで列車に乗って広州へ向かった。30時間の長旅が終わり広州駅でまず帰りの列車のチケットを買ってから(中国は利用者が多いので当日など買えない時がある)、バスに乗り深せんに向かうが、深せんについたが特別行政区なので香港に入る時のようにゲートをくぐりバスを乗り換えないといけない。でもここがどこなのかも分からず何番のバスに乗ったらいいのか分からない。筆談筆談で聞こうとするが外国人と分かると皆逃げてしまう。しょうがなく強面の公安の人に聞く、何とか相手をしてくれバスに乗ることが出来た。しかし香港に渡るかどうか悩んだ結果こちら深せん側で休む事にしたが、明日の11時までに申請しないと帰りの列車に乗れなくなる。香港渡ってから旅行会社を探すのにどれくらいかかるかなと思っていた。そのため駅の近くにやすいホテルを探すが見つからない、見つけた一番安いところで138元それを10元まけさせて128元、高い・・・。
この日からが本当に大変だった、香港にどうにか渡り電車に乗るがガイドブックに書いてある駅名が見当たらないではないか、駅の名称が変更になったらしい。そこら変の人に聞くが教えてくれたのは名前は似ているがまったく別の場所だった、それに気がつくまでに時間がかかりバスを使おうとするが正確な場所が分からないので下手に乗れない、迷子には強いはずだが香港はよく分からなかった、結局迷ったあげく時間がなくなりタクシーを使う事にした。香港のタクシードライバーの英語の堪能な事と礼儀が正しいことに驚いた。
僕の調べておいた旅行会社に入ると日本人の担当の方が接客してくださった、そこで僕は恐ろしい事実を知ることになる。香港は祝日で今日は休みだったのだ、と言う事は昆明行きの列車の日にちを変更しなければいけない。明後日にパスポートをまた持ってくると言って外に出てホテルを探す前に少し考えた、昆明行きの列車は毎日あるわけではないので、もしかすると大幅に帰る予定が遅れるかもしれない、考えてまずガイドブックに書いてある旅行会社に行き列車のチケットの変更ができるか聞いてみるが出来ないと言う、ここ香港では出来ないと言うので深せんならできるかもしれないと思い深せんへ行く、すると窓口はいつもの中国式で並んだりせず割り込み割り込みでまったく前に進めないようになっていた、その上係りの人間はやるき無しでもめてばかりいる。やっと自分の番になるが同じように変更できないとしか言われなくて、意味が分からなくて、再度チャレンジしていたら外国人が哀れに見えたのか少しだけ丁寧に中国語ではなくたどたどしい英語で答えてくれた、それによると深せんで買ったなら変更できるがそうではないなら買った駅の窓口でしか出来ないと。
僕は考えた、このままこの307元のチケットを捨てるか、広州まで戻って変更してまた香港に戻った方がいいのか。答えは広州まで戻る事だった、それを決めた段階でもう夕方を過ぎていた。広州までバスで戻り変更料を払って日にちを変更できた。さてこれから香港に戻るのは無理なので広州で一泊し朝一番のバスで深せんに向かう為バスのチケットを買ってからホテルを探す事にした・・・・ここでまた恐るべし真実を知ることになるのだが、噂には聞いていた交易会が広州で開かれていたのだそれも今日から。広州は年2回企業たちが集まるイベントがあり、その時はやどの値段が2倍から3倍に跳ね上がるのだ、客引きに連れて行ってもらうホテルもすべて200元とか言うではないか、中国を旅をしていてこの値段はいつもの10倍近い、考えられない。ただ安いところが1つあって連れて行ってもらうが、真っ暗い路地に入り街灯のない団地のようなところの1室に案内される、多分連れ込まれて身包みはがされるのかと思っていると部屋の中にパイプベットが並べていて明らかに怪しい人達が寝ている、さすがにここに泊まる勇気は無くそこから出た。途方にくれていると時間は過ぎていき野宿を考えるが明らかに治安が悪い。公安が見たことの無い数いるし、ガラの悪い奴等がうろうろしている。もう駄目だと思っていると100元で泊まれるところを見つけた、その段階で夜の12時を過ぎていた、まーまー綺麗なところだった。
次の日朝の6時に出発しバスに乗る、香港にわたり何とかパスポートを11時までに届ける事が出来た。後は待つだけだがここ何日かの移動移動で体力は限界だった。よく考えると昨日から何も食べてなかったのだ、何を食べるかと探していた時にオレンジの看板で吉野家と言う文字が目に飛び込んできた、時は狂牛病で日本では牛丼が食べれない時、僕は久しぶりの日本の味を堪能した。ここ何日かの地獄も久しぶりの懐かしい味に癒されたのでした。ありがとう吉野屋。
 
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