カンボジアは本当にふれあいが楽しかった、シェムリアプについて、バイタクの連中とばかり遊んでいると、周りの日本人が俺をカンボジア人だと思っていたと言うくらい馴染んでいたみたいだ、バイタクの連中とは最後飯をおごってあげるから晩飯食べに行こうと言われて、最後の別れを楽しんだ。
他にも遺跡群の中に丘の上に小さな遺跡のあるプノン・バケンというところで用務員たちと仲良くなって彼等の休みの日にバイクに3人のりして遺跡の中走り回ったり、写真屋に頼んでくれて一緒に写真撮ったり、飯を食べに行って変なナマズ?を食べたり、とにかくいろんな物を買ってきては食べさせてくれた。
彼等とは毎日会って最後夕日を見た後ホテルまで送ってくれた、いい人達で勉強熱心、一日遺跡でごろごろしているけれどノートとペンだけは必ず持って勉強していた。感心する。
アンコールワットの中のお店の一つに日本語が話せる人のお店がある、そこも家族や親戚達でやっていて、あるきっかけで毎日通って話すようになった、子供達とも仲良くなって、それを見たサラリーマンの旅行者が18歳位の女の子がかわいかったので紹介してくれ、飯を食いに行くよう誘ってくれとうるさかった、まったく。彼等とも仲良くなって、最後にはお土産の中から本をくれて、彼等の収入源と考えると消して安くは無い贈り物だった、最後に抱き合って別れを惜しんだ。彼の夢は日本語を覚えて日本語教師になる事だと・・。
良い体験といえばシェムリアプで地元の人達とカンボジア鍋を食べて、カラオケに行った事、結局歌える曲が無くてカンボジア人達が盛り上がっていたけどいい経験だった。
プノンペンではゲストハウスのスタッフの大学に侵入して楽しかった、授業は受けなかったけど興味深い体験だった。
もう一つプノンペンからゲストハウスのスタッフの親戚の村で祭りがあるから行くかと誘われ、かなりの距離バイクで3台で行って飲んだり食ったりして楽しんだ、家の主人がよく来てくれたと熱烈歓迎だったので、言葉がわからなくてもバッテリー1つで起こす小さな電位の明かりでもとても楽しい思い出になった、家の主人が戦争で爆弾が爆発して尻が吹き飛んだと笑いながら話すと、周りの男も俺も俺もと傷自慢、明るくていいね?
でも本当にこの国の人達はフレンドリーでいい人たちが多かった。楽しい思い出をありがとう!
 
バイタクの連中意外と日本語はなせるやつ多いですよ、全部話し聞かれてますからね,
それと、みんながいいやつとは限りませんよ、ご注意を!
 
プノン・バケンの連中、いまだにそこで働いていると思うから、寝てたら日本語で用務員さんと話し掛けたらいいですよ。
ちなみにプノンバケンの女神はどうして顔が欠けてるかというと、スフィンクスの鼻と同じで、ベトナム軍がカンボジアを占領した時にベトナム人が撃ったらしい。
 
田舎は電気が無くても見えているのか、僕等が行くまで電気はついていなかった。
 
大学侵入、よく門のところで止められなかったな・・・売店でジュースを買った。
でもカンボジアの大学生の女の子は、外国人の僕に興味があるんだけどそんなそぶり一切見せないんだよな、反応が中学生みたいで面白かった |